正依とは、正しく拠り所とするものという意味です。正依の経典とは、その一宗が釈尊の説かれた八万四千とも言われる経典の中から選び取った経典のことであり、一宗の根本をなすものといえます。浄土真宗の開親鸞聖人は、恩師法然上人が名付けられた浄土三部経と言われるお経を選ばれました。
『浄土真宗の教章(私の歩む道)』には、聖典として他の聖教と共に、「釈迦如来が説かれた「浄土三部経」『仏説無量寿経』『仏説観無量寿経』 『仏説阿弥陀経』」と述べられています。
『仏説無量寿経』は『大無量寿経』とも言われ、略して『大経』とも言われます。中国に於いて十二回翻訳さています。上下二巻に分かれ、上巻には、弥陀成仏の因果、つまり法蔵菩薩が願いを起こして修行し、阿弥陀となられたことが説かれています。ここには十八番目の本願に代表される四十八願が説かれ、すでにその願いかなえられていることが説かれています。下巻には、衆生往生の因果、すなわち仏の願いがすでにかなえられることが説かれています。上下二巻を通して、ここには衆生は阿弥陀仏の名を聞いて喜び信じ、報恩の想いで念仏し往生することが説かれています。
『仏説観無量寿経』は略して『観経』とも言われます。二回翻訳されていますが、残っているのは一つだけでここには王子が父である王を牢にに閉じ込め、死に至らしめ、父王を救おうとした母親も宮殿の奥深くに閉込めてしまった「王舎城の悲劇」と言われる事件が説かれています。悲嘆にくれた母は、阿弥陀仏の極楽浄土に往生する方法を問い、釈尊はその方法として、十三の観法と、様々な善を行なえない者のために、念仏の教えを示されました。『仏説無量寿経』と『仏説観無量寿経』は普段あまり馴染のないお経ですが、乗善寺では春と秋の永代経法要の両日にお勤めされますので、参拝され是非ともご聴聞くださいますようご案内いたします。
『仏説阿弥陀経』は略して『小経』とも言われています。三回訳されており、二訳がのこされており、浄土真宗で用いているのは鳩摩羅什が訳したものです。乗善寺では皆様のお家に伺って、月忌参りの時にお勤めさせいただいていますので、馴染みの深いものと思います。皆様のお手元にある『日常勤行聖典』にも載っていますので、一読くださることをお勧めいたします。ここには一つには浄土の荘厳と仏の徳、二つには一心に念仏して往生すること、三つには念仏往生の教えが真実であることを諸々の仏が説いていることが明かされています。
『大経』・『観経』・『小経』それぞれ説かれる内容は異なりますが、親鸞聖人は『観経』は観法や善について説くことにより他力念仏を、『小経』も一心に念仏することを通して他力念仏を明らかにするものと受け止めれ、三経ともに、衆生が往生する為の本願の教えを説くものと私たちにお示しくださるのです。
二〇二六(令和八)年 二 月