浄土真宗本願寺派 興徳山乗善寺

ちょっといい話

法話

命の重さ

No.642

コロナの感染拡大がなかなか治まらない中で4月には4つの都府県に3回目の緊急事態宣言が発出されました。医療の逼迫度も緊急を要しています。コロナ以外で通院や手術を予定していた方は急を要しない限り後回しになってしまっている状況です。命に関わることであり、一つの命の重さに違いはありません。

いのちの重さについて、 仏教にはジャータカ物語(本生譚)というインドの民話に仏教的な解釈を施して300以上もの釈尊の過去世での物語があります。インドでは命あるものは生まれ変わりを繰り返すという「輪廻」の思想があり、輪廻の中でさまざまな生き物に姿かたちを変えていくという考え方がありますが、仏教を開かれた釈尊も悟りを開かれたのはただ6年間の修行だけではなく、前生における幾多の菩薩行(善行)を積むことによって悟りを開かれたというのです。

その一つに次の様な話があります。

『むかし、インドにシビ王という王様が居り、ある日お城の窓から鳩が入ってきてシビ王の所にやってきました。「王様、助けてください。今私は鷹に追われて逃げてきたのです」、シビ王は鳩をかくまってやりました。

そこに鷹がやってきて、「シビ王よ、今鳩がここに逃げてきたはずだが私に渡してほしい」と言いました。今、鳩を返せば鷹に食べられてしまう。そう思った王様は、「返すことは出来ない」と言うと、鷹は、「私はもう何日も食べ物を食べておらず、このままではお腹がへって死んでしまいます。シビ王、あなたは鳩は助けてこの私は死んでもかまわないと言うのですか?」

その鷹の言葉を聞いてシビ王は困ってしまいました。しばらく考えてシビ王は、「それでは私の肉を食べてもらおう」と考えて、自分の足のもも肉を鳩の大きさと同じ位切り取って鷹に差し出しました。それを見た鷹は少し驚きましたが、すかさず「王様、それでは肉が足りません」と言いました。確かに鳩の大きさと同じくらいとは思いましたが、王様は仕方なく反対の自分の足のもも肉を切り取って先程の肉に足して差し出しました。それでも鷹は「まだ足りません」と言うので王様は家来に秤を持ってこさせました。そして秤の皿に鳩を載せ、反対の皿に自分の足のもも肉を二切れ載せました。もも肉の方が当然重いはずですが、鳩のほうが重く下にさがっています。

王様は家来に、「この秤は壊れているのではないか? 新しい秤でもう一度量ってみよ」と言いました。家来は新しい秤で量ってみましたがやはり先程と同じで鳩のほうが重いのでした。

王様は「おかしいなー」と首をかしげながら静かに考えました。そして、王様は「あ、わかった」

といって自分が秤に載りました。するとどうでしょう。王様の方が重いはずなのに秤は釣り合いがとれて同じ重さを示しました。王様は鷹に言いました。「どうぞ私を食べて元気を出して下さい」。 すると、鷹は帝釈天に姿を変えて、「シビ王よ、あなたはいのちの尊さに気づいてくれた。そして、自らのいのちを私にささげてくれた。あなたの行いは本当にすばらしい、あたたかな行いである。あなたはきっと仏さまになられるでしょう」と言って、王様の行いをほめたたえられました』

というお話です。

お分かりとおもいますが、鳩の命も王様の命も鷹の命も、鳥の命だから軽いとか、人間の命だから尊く重いという違いは無いのです。みんな命の重さは同じということです。大人も子供も、蝶々やトンボも、草や木も花もみな同じ重さなんだ。と言うことに王様は気づいたのです。

これはジャータカ物語の中のほんの一つですが、他の命への見方が変えられ、私の命が他の命のおかげの中にある自分と気づかせていただく尊いお話であります。

令和三年 五月