浄土真宗本願寺派 興徳山乗善寺

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法話

あっという間

No.676

令和6年になってひと月が経ちましたが、歳を重ねるにつれ、時の経つのが早く感じられます。

誰でも自分の年齢をふと振り返った時、自分の歳にびっくりすることがあるのではないでしょか。 年齢を多く重ねておられる方ならなおさらのことです 。

この現象について、19世紀にフランスの哲学者ポール・ジャネ氏が発案したというジャネーの法則というのがあります。年齢と体感時間は反比例するというのです。それによると5歳の時と30歳の時とでは体感時間がおよそ6倍、80歳だと12倍も違うらしいです。5歳の10日間であれば30歳の2ヶ月間、80歳の4か月間と同じ感覚いうことです。

また、ちょっと違った例をあげると、小さなお子さんにちょっと待っててと10分待たせたとしますと、30歳だと1時間、80歳だと2時間待たされたことと同じになります。そう考えるとこれからのお子さんとの接し方も変わってくるのではないでしょうか。

ご法事などでよく小さなお子さんが、まだ終わらないの? ねぇ、まだ?と途中からそわそわしだしてくることがあります。それも無理はないことです。30分のお勤めだとすれば、30歳の方であれば3時間、80歳の方であれば6時間もお勤めしている感覚ということになるのですから。

ですので今後お参りの時にもし、お孫さんやお子さんがそわそわしだしたときは遠慮なく席を外していただければと思います。そしてお参りが終わったら必ずよく頑張ったね、ナマ・ナマ出来てえらかったねと褒めてあげてほしいのです。

私たちの浄土真宗では必ずこうしなければいけないということはありません。必ずお寺にお参りしなければならないとか、毎月必ずお参りをしなければいけないとか。仏教書を読んで勉強に励みなさいとかお経を暗記しなければいけないということもありません。

それはなぜかと言いますと自分の思い、はからいで救われていくのではないからです。

そのことを蓮如上人は籠に水をいれるのではなく、籠を水につけよと言われています。

籠とは、私のことで水とは仏法のことです。浄土真宗は法の水にどっぷりとつかり、阿弥陀さまの大慈悲に抱かれて救われ、往生させていただくのです。

阿弥陀さまはいつでも、どこでも、どんなときにでも私とご一緒してくださる仏さまであります。

私たちに一切条件はつけておられないのです。ですから堅苦しく考えないで、そのままお参りさせていただけたらと思います。

人生は振り返ればあっという間です。蓮如上人も御文章の中で人間の一生は「電光・朝露の夢」といわれています。電光とは、雷が一瞬ピカッと光って消えてしまうようなものであり、朝露とは日が昇るころにはもう消えてなくなり、ほんのわずかな時間ということです。私たちの一生は、儚く、夢や幻のように、あっという間なのです。その中で、阿弥陀さまに出遇えたということは本当にありがたいことです。

今年も皆さまと共に仏法のご縁をいただく中で、この私のいのちは、計り知れない無量のいのちに支えられ、生かされているということに目覚め、感謝のお念仏を申す中で一日一日を大切に過ごしてまいりたいものです。

二〇二四(令和六年)二月