浄土真宗本願寺派 興徳山乗善寺

ちょっといい話

法話

2020

知恩報徳

No.600

毎月お配りしているこの一枚のプリント・「一言法話」も今月で600号となり、昭和41年に第1号を発行してから丁度50年目を迎えました。昭和41年に私が大学を卒業して法務に従事する様になり、檀家さんのお家にお参りをさせていただいた時には少しでもご法義のお話をしながらと、意気揚々と考えていた頃です。しかし、現実はなかなか思うようにはできず、それならお話はできなくてもお伝えしたいと思うことを書いて読んでいただくことはできないものかと始めたのがきっかけでした。最初は正しいお仏壇のお飾りとか、作法、浄土真宗の教義を分かりやすく解説のような形の内容だったと思います。それから次第にご法義の上から世相を見ていくというような内容になっていきました。

当時は1ヶ月があっという間に過ぎていくような感覚で手書きで原稿を書き、液体複写機を使っていました。たまたま檀家さんからいただいたタイプライターを自分なりに使えるようになって輪転機で印刷するようになって見やすくもなりました。平成5年頃からパソコンで原稿を作り、コピー機で印刷するするようになって作業も相当に楽になりました。ここ数年は若院や法務員が交代で原稿を書いていますが、逆に勉強をさせて頂いているという思いもあります。今日まで続けてこれましたのも、「毎月楽しみにしていますよ!」との檀家さんの言葉があったからこそと有り難く思っています。これからも続けていこうと思っていますのでよろしくお願いいたします。

さて、現代社会ではよく「孤独死」、「孤立」という言葉を耳にします。いろいろな事情でそういう生き方になってしまったという方もいるでしょうが、相対的にみますと一般的に人間関係が希薄で、人との関わりを嫌う傾向が強い今の時代ではないのかなと思います。他人はどうなっても自分のことしか考えられない、そういう生き方も一方ではあるのかもしれません。しかし、それがすべての人が当たりまえと思うような社会になっては困ります。そこには争いが常にあり、暴力にもつながっていきます。最近は表には出さない陰湿な事件や犯罪も非常に多くなってきています。科学的なものの見方や生き方こそが正しいという人には形あるものだけが真実なのでしょう。しかし、私たちは目には見えない、気づかないところで多くの人やものの恵みをいただいて生きている存在です。他人さまからも目に見えない支えをいただき、多くの自然の恵みの中に居る自分に気づく生き方が大切なことです。

仏教には『知恩報徳』という言葉があります。その意味は、私が大きな恩恵をいただいた、そのご恩に報いること、と安易に解釈をする方が多いと思いますが、親鸞聖人は、報いずにはいられないような、そういう恩恵をいただいていることを気づかされること自体が大切だと仰っています。そこには自ずから報恩の姿は生まれてくるのだということでしょう。仏教では『縁起』という言葉もあります。良い、悪い、かつぐ等と使われますが、そもそも縁起とは「人間は一人では生きていけない」 ということを気づかされていく教えです。そこに「おかげさま」という人生が開かれ、閉じこもっていた自分から人の輪に入っていける自分にもなっていかれるのではないかと思います。「おかげさまで」と言える人生に孤独はありません。仏法は今を生きる私の教えです。これからも私たちも研鑽を深めながら一人でも多くの方にお念仏の教えを分かりやすく700号、800号へとつなげていきたいと思っています。