浄土真宗本願寺派 興徳山乗善寺

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法話

永代経

No.660

浄土真宗の「永代経」とは「永代読経」の略で、「永代にお経が子々孫々に続いていきますように」、、また 「お寺が永代に存続し、お念仏のみ教えが伝わり続けますように」という亡き方の願いが込められているのが「永代経」です。

永代経という言葉は聞いたことがあっても、一般的に「永代供養」と考えている方が多いような気がします。つまり、ご先祖さまや先立たれた方を永代に供養する、また、供養してもらおうとお寺でお経をあげてもらうのが永代経だと思われている方が多いのではないかと思うのです。これはまさに「永代供養」であって、「永代経」とは全く意味が違ってくるのです。

供養というのは「供え養う」ということです。つまり、「お経をお供えすることによってご先祖さまや先立たれた方を養う」ことが供養ということになります。なぜ供養をするのかというと「亡き方が生前、善行が足りず、成仏できないので残された私たちが供養して代わりに善行を積み、それを亡き方に振り向けて成仏をさせてあげましょう」という考え方があるからです。これを「追善供養」と言いますが、浄土真宗では亡き方は阿弥陀仏に救われ、仏と成っておられるのでこちらの側から追善する必要は無いのです。

お経はお釈迦さまがお弟子たちに説かれたものであり、生きている人に向かって説かれているのがお経なのです。お釈迦さまは亡き方にではなく、いま生きている私に教えを説いてくださったのです。お経をお供えしてご先祖さまを養うのではなく、私がお経によって養われ育てられていると捉えさせていただくのです。

このように浄土真宗は「ご先祖さまを供養する」教えではありません。阿弥陀仏に救われれ仏さまと成られたご先祖さまのご縁をいただいて、いま生きている私たちが永代にお念仏のみ教えを聴聞し、後世に繋いでいく。これが浄土真宗の永代経です。

さらに言えば、私が浄土真宗のみ教えを聴聞するご縁を遺してくださったのがご先祖さまや先立たれた方であり、子々孫々までこのみ教えが伝わるようにとお勤めされるのが「永代経法要」なのです。

親しい方を亡くしてお寺とのお付き合いが始まる方がほとんどだと思います。お寺に永代経懇志をお納めするということは後世のために「お寺や仏法を護る」ことであり、また多くの人々に「仏法が伝えられていくこと」を手助けすることでもあります。「亡き方のために」と永代経懇志をお納めするお気持ちが「亡き方のおかげ」で多くの人々に仏法が伝わることへとつながっていくのです。

勘違いされやすいのが、永代経懇志を納めればお寺が代わりに永代にわたって供養、管理してくれるのでお参りしなくてもよいのだと考えてしまっている方も少なくないのではないでしょうか。お忙しい方も多く何かと大変なご時世ではありますが、「後はすべてお寺にお任せします」では何とも寂しく感じてしまいます。亡き方のためにとご縁をいただく中で、私が仏法に出遇っていくことが何より大切なことではないかと思うのです。

皆さまにも亡き方を想い偲ぶ心が必ずあると思います。「亡き方のために」という心がそこにはあります。 それと同時に「亡き方のおかげで」と気づかせていただくご縁が永代経であり、亡き方が遺してくださった大切なご縁なのだと感謝させていただきましょう。

永代経は、仏法とお寺を後世に伝え遺していくものであり、私が仏法に遇う大切なご縁です。「お寺に永代経懇志をあげれば、それでおしまい」ではありません。ご縁をいただいた私が仏さまのみ教えをお聴かせいただくこと、それこそが亡き方々の願いではないかと思うのです。

令和四年十月