今年の七月十九日から九月七日まで北海道立近代美術館で、「若冲・応挙・蘆雪ー禅文化の名宝と美」とサブタイトルのついた「金閣・銀閣 相国寺 展」という美術展がありました。相国寺は室町時代に室町幕府三代将軍足利義満により、京都御所の北側に創建された、金閣寺・銀閣寺を寺域外塔頭寺院に擁し、その他にも多くの塔頭寺院を擁している、臨済宗相国寺派の大本山です。この度の美術展には、初めて金閣寺の外に持ち出された御本尊「観世音菩薩像」をはじめ、多くの道内初公開の寺宝が展示されました。その中に銀閣寺所蔵の「九相図」があります。九相図とは屋外に打ち捨てられた死体が、朽ちていく過程を九段階に分けて描いた仏教絵画の総称です。銀閣寺所蔵の九相図は二〇二二年に相国寺承天閣美術館で催された「王朝文化への憧れー雅の系譜」展で初公開されたもので、谷口華明の筆による「小野小町九相図」と名付けられているものです。
九相とは、それぞれ
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①脹相・・腐敗によるガスの発生で内部が膨張する
②壊相・・腐乱が進み皮膚が破れ壊れはじめる
③血塗相・・溶解した脂肪や血液などが体外に滲みだす
④膿爛相・・全体が溶解する
⑤青瘀相・・全体が青黒くなる
⑥噉相・・昆虫や動植物の食料となる
⑦散相・・形を留めず散乱する
⑧骨相・・骨だけになる
⑨焼相・・骨が焼かれ灰だけになる
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と名づけられ、変遷の様子が描かれています。クレオパトラ、楊貴妃と並んで世界の三大美女と称された小野小町が九相図に取り上げられているのは、世の無常や人生の儚さを強く訴えかける思いがあったからではないでしょうか。仏教説話にも釈尊在世の時代に、絶世の美女とうたわれたアンバパーリーが仏法と出遭い、自らの美貌の儚さを悟り、遂には阿羅漢の位にまで達したことが説かれています。
私たちは日頃から様々な機会を通して、世の無常や人生の儚さなどについて聞かせていただく御縁に恵まれていますが、最も大きな御縁となるのは、親しい人との別れに出会った時ではないでしょうか。亡き人との別れの場であるご葬儀は、御縁を結ばれていた皆様が心静かに見送る場であると同時に、私たち一人一人が尊い仏縁を結ばさせていただく場でもあります。今、私の前にこの世とのご縁が尽きて、横たわっている姿は、私たちに何を語りかけているのでしょうか。人には人として生まれてきて、為すべき役割が定められていると聞いたことがあります。多くの人々は家庭人として、社会人として様々な役割を果たしてきたことでしょう。しかし誰もが必ず至る今生とのご縁が尽きるこの時この場で、その一生涯をかけて務める最後の役割は、私たちに「今を大切に生きてくれよ。今の私の姿を忘れず、次の瞬間今生での命が尽きたとしても、悔いの残らない人生を送ってくれよ」とよびかけてくださることと受け止めるところに、浄土真宗のご葬儀やご法要の大きな意味があるのではないでしょうか。親鸞聖人が得度を受けられるときに「明日ありと思う心の仇桜夜半に嵐の吹かぬものかは」と詠まれたことに思いを馳せるにつけても、仏法との出遭いとは、今ある限られた命を大切に、一人一人が自分の人生を全うすることの大切さに気づかされることと、受けとめさせていただくことなのではないでしょうか。
二〇二五(令和七)年 十 月